浅草 その12012年02月15日 10:30

さて、相変わらず釣りにも行けず日々のネタでしのいでいる毎日です。

今日は2月5日に浅草をブラブラした話なぞ。

事の発端は浅草に開店したと言う佐賀ラーメン「美登里」に佐賀ラーメンを食べに行こうとの釣り仲間からの誘いです。

私を含めた釣り仲間はライギョをメインターゲットとしていて、毎年2~3回くらい佐賀に遠征しています。
ラーメン好きが多い私達のグループは当然のごとく佐賀ラーメンを食べる訳ですが、その中で「精養軒」と言う美味い店が有ります。
「美登里」はこの「精養軒」に感化され開店したラーメン屋さんなのでした。

で、ちょっと長くなりますが、ここで佐賀ラーメンについて解説します。

ラーメンの興味の無い方は読み飛ばして頂ければと思います。

ラーメンには九州トンコツと言うジャンルが有りますが、実はこのルーツは佐賀に有ります。
そりゃ違う、久留米だろ、と思われるでしょうがその訳は以下を読んでみてください。

九州トンコツラーメンは久留米の南京千両と言う店から始まっています。
これはその通りです。
本来南京千両のスープは比較的透明な中華そばのようなスープでした。
しかし、ある時この店の従業員がうっかりスープ作りに失敗し、沸騰させ真っ白に白濁してしまったスープが九州トンコツの始まりです。
これは有名なエピソードですよね。

で、スープ作りをミスった従業員さんが独立し久留米で兄弟で屋台を引き始めます。
「三九」です。

ここから九州トンコツの歴史が始まります。
ご兄弟はしばらく久留米で屋台を引いた後、常連さんに屋台を譲られ他の町に移り住みます。
この3名の方が九州ラーメンの基礎を作った方々です。

兄弟のお兄さんは、北九州に渡り屋台を引き始めます。
当然ながら北九州にはそれまで九州ラーメンの屋台が無く、大繁盛します。
私の両親もこの屋台にはお世話になったそうです。
その後、小倉区香春口に「来々軒」を構え名店として繁盛して行きます。
現在は区画整理の関係で宇佐町へ移転し、2代目の方が営業されています。

味は久留米ラーメンに見られる強い白濁は有りません。 グレーに近い色合いで若干透明感の有るスープです。
トンコツの香り高く、深いアミノ酸の味がします。
私が食べていた昭和40年台と変わっていません。
そしてこのラーメンが博多や久留米とは異なる北九州のラーメンの味のベースとなって行きます。

店内には九州ラーメンのルーツとなった経緯が控えめに掲げられていますのでラーメン好きの方は一度訪れてみられると良いと思います。
この辺りです

その後、この「来々軒」は大分日田市の「来々軒」を生み出し、その大繁盛に対抗するべく日田焼きそばの名店「想夫恋」が生まれご当地B級グルメのルーツへと繋がって行ったようです。
この辺りの経緯は私の理解の範疇を超えていますので、調べてみられると良いと思います。

佐賀ラーメンの解説だけでエラク長くなってしまいました。
しかし「精養軒」になかなかたどり着けません。
次回は、九州ラーメンのルーツとなった残りのお二人のお話を。

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